ご紹介、鹿児島の英雄「西郷隆盛」の肖像画の真実!

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※地元・鹿児島県民の筆者がこの記事を書いています。

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鹿児島から日本を変えた男、西郷隆盛!この人なしでは鹿児島を語れないくらい有名な人です。

日本人は、鹿児島というと、まずこの人を思い浮かべる人は結構多いですね。

亡くなって100年以上経った今でも、出身地の鹿児島では地元の多くの人たちに、深く愛され続けています。

 

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有名な肖像画

日本人なら歴史の教科書で誰もが目にしたことのある写真です。

実は、鹿児島の田舎にいくと、よくお年寄りの家に下の肖像画が飾られています。西郷さんは、深く愛されてますね~!

西郷隆盛 saigo takamori kagoshima's hero

大きな瞳にクッキリしたマユゲ。男らしいですよね!

私は他県に住んでいたことがあるのですが、目が大きくマユゲが太いため、よく「西郷さん」と愛称を付けられていました。

自分にとっても、西郷さんは偉大すぎる人なので、「西郷さん」と呼ばれると、うれしい半面、ひどく恐縮したものです。汗

 

肖像画の真実

驚くべきことに、なんと!この西郷さんの肖像画、実はご本人のものではないんです・・・。

イタリア人の画家・キヨッソーネが、西郷隆盛の弟の従道(つぐみち)と従弟の大山巌(おおやま いわお)の顔を参考に、想像で描いたものです。

しかし、よく想像力に頼ってここまでリアルに描けるなぁ。

 

西郷さんは、明治天皇が「一緒に写真を撮ろう」と誘っても断るほど、大の写真嫌いでした。

 

一説によると、写真が世に出回ることで暗殺されるのを恐れたからだともいわれています。

西郷さんの妻(イトさん)は、この肖像画を見て「こんな人じゃない!」と嘆いたそうです。

それにも関わらず、たくさんの日本人がこの肖像画がご本人だと思っています。

 

月照上人と錦江湾に身を投げた時、西郷隆盛は自分だけが助かってしまったことを恥じ、このときに自分は死んだと考えました。

死んだ人が写真に写るのはおかしいと考え、自分が撮影されることを嫌ったというエピソードがあります。

現在も西郷隆盛の写真は存在していません。

 

鹿児島県霧島市国分の出身の画家・服部英龍(はっとり えいりゅう)は、実際に西郷隆盛に会ったことがあり、彼の描いた西郷隆盛が最も実物に近いのではないかと考えられています。

 

 

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