西郷隆盛が匿い錦江湾に散った月照上人の碑~鹿児島市金生町~

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※地元・鹿児島県民の筆者がこの記事を書いています。

鹿児島市金生町に月照上人が隠れ住んでいたという場所に石碑が建っています。

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月照上人遺跡の碑

井伊直弼の行った「安政の大獄」が始まると、幕府の反対勢力は次々に逮捕されました。

西郷隆盛は京都で島津斉彬の手足として活動していましたが、島津斉彬が急死し、安政の大獄が始まると、京都清水寺の僧・月照と共に幕府の追っ手から逃れ、薩摩藩に逃げのびました。

西郷隆盛は現在の鹿児島市金生町にあった「俵屋」という宿に、月照を匿(かくま)いました。

 

「俵屋」の跡は、鹿児島の繁華街・天文館の一角にひっそりと佇んでいます。

石碑の後ろにあるのは立体駐車場で、奥に見えるのは鹿児島の有名なデパート・山形屋です。

月照上人遺跡の碑

 

西郷隆盛の自宅があった場所(上之園町)から、直線距離で約1.5キロメートルあります。

月照上人遺跡

月照上人遺跡の碑

島津斉彬の死後、薩摩藩の実権を握った島津斉興は最終的には月照を匿うことを拒否し、月照「日向送り」(実質的には処刑)にします。

失意に打ちひしがれた西郷隆盛と月照は日向に向かう小舟から鹿児島湾(錦江湾)に身を投げました。

月照は亡くなってしまいましたが、西郷隆盛は奇跡的に助かりました。

鹿児島市竜ヶ水には、西郷隆盛が蘇生した場所の史跡があります。

 

感想

ちょうど大河ドラマ「西郷どん」で、西郷隆盛と月照が入水するシーンを見た翌日に、どうしても気になって訪問しました。

今では当時の面影がほとんど残っていない繁華街の真ん中にポツン、と石碑が建っています。

京都から命からがら逃げてきた月照は、この石碑のあった宿屋で軟禁状態でした。

いつ命を絶たれてもおかしくない状況で、きっと生きた心地がしなかったことでしょう。

また、生まれ育った京を離れ、郷愁の強い気持ちもあったに違いないと思います。

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月照上人遺跡の碑の観光情報

アクセス

市電「いづろ」電停を下車し、徒歩5分。

住所

鹿児島県鹿児島市金生町7

地図

 

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