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大河ドラマ西郷どん25話「生かされた命」あらすじ&感想~地元鹿児島人のレポート!

西郷どん

沖永良部島で雨ざらしの牢屋に閉じ込められた西郷どん。

ついにもうダメかと思ったとき、土持たち島民の思い切った決断で救助されました!

西郷どんはどうなるのでしょうか!?

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前回のレポートはこちら!

 

ここにも被害者が!

なんと、川口雪篷もお由羅騒動の被害者でした。

西郷どんが一蔵が必ず沖永良部島から薩摩に連れ戻してくれると信じたように、川口雪篷も友人を信じていましたが、いつまでも薩摩藩に帰れず、人間不信になっていたようです。

 

土持が屋内に西郷どんの囲いを作るという機転を利かせたおかげで、

西郷どんは雨ざらし・風さらしの牢屋から室内の囲いに移ることができました。

余所からやってきた罪人に対して、ここまで優しくしてくれるなんて・・・。

沖永良部島の人々は優しいですね。^^

西郷どんは沖永良部島の人々のやさしさに涙ぐんでいました。

私も沖永良部島を旅行したことがありますが、出会ったみなさん親切で温かい気持ちになれました。

ついつい老後は沖永良部島で住みたいな、なんて思うほどに素敵なところでしたよ!

 

日新公いろは歌

西郷どんは助ってもらったお礼に、沖永良部島の子どもたちに教育をすることになりました。

囲いの前に島の子どもたちを身分に関係なく教育していましたね。

「子どもは国の宝だ」

西郷どんの言葉の中に、主君・島津斉彬の遺志が受け継がれています!

「お前はわしになれ」と言われたとおり、西郷どんは島津斉彬の代わりとして、これからも活躍していくのでしょうね。^^

 

西郷どんは奄美大島と同じように、沖永良部島でも「日新公いろは歌」を教えていました。

楼(ろ)の上もはにふの小屋も住む人の 心にこそは たかきいやしき

(立派な家に住んでいる人も、貧しい家に住んでいる人も、人の真価は心で決まる)

(引用:日新公いろは歌

 

日新公は島津忠良の別名です。

島津忠良は戦国時代の人物で、九州統一を成し遂げた島津義久・義弘兄弟の祖父です。

島津忠良はその教えを「いろは歌」にまとめ兄弟に教えましたが、「いろは歌」は薩摩藩の郷中教育の基本として脈々と受け継がれました。

西郷どんは島津忠良が亡くなってから約250年も後に生まれましたが、西郷どんの時代にも「いろは歌」は受け継がれていて、西郷どんも深い影響を受けました。

戦国時代の教えが長い時を経ても変わりなく受け継がれていることに、歴史のロマンを感じます!

 

薩英戦争が勃発!

西郷どんが沖永良部島の人々のやさしさを感じているとき、薩摩では大変なことが起こっていました。

島津久光の大名行列を横切ったイギリス人を、薩摩藩士が殺傷するという事件(生麦事件)が起こったのです!

怒ったイギリスは幕府と薩摩藩に30万両という莫大な賠償金を要求しました。

 

前回、久光公を「芋」と罵った一橋慶喜は、相変わらず久光のことが嫌いのようです。

「家臣のための幕府ではない。幕府のための家臣です」

幕府は薩摩をかばうことをせず、薩摩に責任を取らせようとします。

 

イギリスの艦隊が薩摩藩に迫っている知らせを聞いて、薩摩藩は大慌て!

戦うか、降伏するか。

今まで武力に訴えることを否定し続けてきた一蔵が、今回は一変して久光に「戦いましょう!」と進言しました。

この勇ましい姿を、寺田屋騒動で亡くなった有馬新七にも見せてあげたかった・・・!

 

薩摩藩は日本の南にある小さな国です。

かたや、イギリスは世界の各地を植民地化していて、あの強大な中国ですらもアヘン戦争で負かせました。

いわゆる、「世界最強の国」ってヤツです。

幕府ですらイギリスと争うことを避けたのに、日本の一地方が大国に立ち向かうのは、相当な勇気が必要だったでしょう!

世界の誇る艦隊に、地元の鹿児島という小さな1地方が正面から挑み、互角に戦った歴史があるのは、うれしく、感動しました!

(とはいえ、戦争って、やっぱり良くないですよね。)

 

ドラマ中では登場しませんでしたが、薩英戦争では、島津斉彬の遺した集成館事業によって研究・開発した大砲たちが大活躍しました。

薩摩藩は沿岸に大砲を設置して、イギリス艦隊を迎え撃ちました!

薩摩藩の大砲の飛距離は130メートルでしたが、イギリス艦隊のアームストロング砲は150メートル。

連射性能もあるイギリスの大砲に対して、薩摩藩は互角の戦いを展開しました!

 

砲台跡が県内の各地に残っているので、ご紹介します。^^

今でも薩英戦争当時の原型をとどめる砲台。

薩英戦争で発射をスタートした砲台跡。

土台が残っている砲台跡。

同じく1863年の薩英戦争で活躍した砲台跡。

桜島フェリーの「錦江湾よりみちクルーズ」に乗船すると、砲台が置かれた沖小島(おこがしま)を間近に見ることができます。

下の動画にも登場するので、ぜひご覧ください。^^

薩英戦争は引き分けで終わりましたが、イギリスと引き分けたことは、薩摩藩にとって討幕への大きな自信につながったに違いありません!

 

薩英戦争の知らせは沖永良部島にも届き、川口雪篷が薩摩藩にイギリスと戦争させないために、沖永良部島を脱出しようとします。

イギリスが沖縄を補給基地にしようと考えているというウワサのため、「沖永良部島が攻撃されるのではないか?」と人々は慌てて偽物の大砲を作りました。

薩英戦争はわずか2日で終了し、沖永良部島が攻撃されることはありませんでしたが、偽物の大砲を作る作業を通じて、西郷どん、川口雪篷、島民たちの気持ちが一つになれましたね。

西郷どんが沖永良部島を離れるとき、川口雪篷が「革命」という大きな旗を振っていました。

西郷どんには、身分を超えて様々な人たちの気持ちを1つにまとめる不思議な力があります。

今後、薩摩藩や日本にどのような「革命」を見せてくれるのか、楽しみです!

 

またしても愛しのあの人と再会

沖永良部島から薩摩藩に帰る途中、目を開けると・・・。

なんと、目の前に愛加那がいるではありませんか!

信吾の計らいで奄美大島に立ち寄り、西郷どんは愛加那と再会を果たすことができました。

 

でも、信吾って西郷どんの弟ですから、そんなに身分は高くないはずです。

信吾一人の意思で、薩摩藩の蒸気船を奄美大島に立ち寄らせることは難しくないでしょうか?(;^ω^)

きっと、一蔵や小松帯刀のサポートがあったのでしょうね。^^

 

西郷どんが愛加那に「菊池源吾になれなかった」と謝りますが、愛加那は「私より民が大事な人だから好きになった」と答えます。

愛加那のように、こんなに出来た考えができる人がいるでしょうか?

私なら家族と一緒にいたいなぁ、と思ってしまうのですが。

もちろん、愛加那もこの言葉を西郷どんに伝える前に、大きな葛藤があったでしょうね・・・。><

 

西郷どん紀行♪

番組最後の史跡紹介のコーナーで沖永良部島の観光スポットが紹介されていました。

このブログでも取材した観光スポットなので、ぜひ記事をご覧ください。^^

美しく咲くユリの花に心を奪われた方も多いのではないのでしょうか?この「エラブユリ」の咲く公園のご紹介です。

西郷隆盛が沖永良部島に上陸した場所のご紹介です。

雨ざらしの牢屋の中で瞑想にふける西郷隆盛の銅像があります。

沖永良部島にある日本一大きなガジュマルの木です!地元の小学校の校庭にあります。

「西郷どん紀行」では紹介されませんでしたが、沖永良部島ではケービング(鍾乳洞探検)もおススメですよ♪

 

沖永良部島特集

青い海が美しい「地上の楽園」です。ケイビング(鍾乳洞探検)がオススメすよ!

沖永良部島バナー

 

あらすじ&感想特集(まとめ)

第1話から感想レポートを地元目線で書いています。

西郷どんレポート

 

西郷隆盛特集

西郷どんの盛り上がっている鹿児島の観光スポットをご紹介!

 

豆知識☆ちょこっと鹿児島弁講座( ..)φメモメモ

せっかくなので、薩摩弁を5つご紹介します♪

・「ちみが」⇒「冷たい」

・「うか」⇒「台風」

・「できたひこでよか」⇒「出来ただけで十分」

・「ぬっかこい」⇒「暑すぎる」

・「うし」⇒「後ろ」

いかがでしたか?読み方としては、語尾を上げるのがポイントです。

次回も大河ドラマ「西郷どん」の劇中に登場するかもしれないし、しないかもしれない薩摩弁をご紹介しますので、楽しみにしていてくださいね!

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